わが心の新丸子・・・私に人生と言えるものがあるなら

f0211837_15122473.jpg19才から31才まで、僕は東横線の新丸子(川崎市)という街に住んでいました。それは僕にとって、とてもとても大きなこと。時間の長さだけではなく、あの街に暮らしたことで、それまでの考え方や行動の仕方が大きく変わり、それが現在の自分につながっているのです。
住んだのは、あくまで偶然。それは本当にラッキーなことだったと、今でも運命に感謝しています。
きのう(8/2)、東京で用事をすませた後、その懐かしい新丸子を訪ねてみました。

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新丸子のランドマーク(?)、「三ちゃん食堂」

当時の僕の肉体は、このお店の料理で出来ていた、と思えるほどよく通いました。

昔は破格の安さ。外食チェーン隆盛の現在、けして安い値段ではなくなりましたが、その異常ともいえる熱気は健在でした。



f0211837_15253178.jpg僕の最大の恩人で、最後の保護者。通称・チーフ
僕があの街で10余年楽しく過ごせたのも、この方の存在があったから。

世の中、オモテでは良い顔して陰で悪いことやってる人も珍しくありませんが、チーフはずっとアウトサイドを歩きながら、陰でこっそり良いことを続けてきた人。

会話の達人で、この方の語録で、2~3冊の本は簡単に出来そう。 闘病中にも関わらず、この日も僕は2時間半、笑いっぱなしでした。
(チーフのことは、いつかあらためて書きたいと思っています)

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残念ながら消滅してしまいましたが、当時チーフが経営していた伝説のスナックの「跡地」。
名前は、1/2 (ハーフ)
「人間みんな半人前」、の意。

知り合った頃は学生だったこともあり、ほぼ毎晩、ここで歌っては常連さんにお酒をタカっていました。


今回、新丸子のことを書いたのには、もう一つ理由があります。
当時、ハーフの常連だったN氏と、まさに擦り切れるほど聴いたライブLPがあるのですが、なんとその映像をユーチューブで発見したのです! LPは今でも大切に持ってますが、まさか映像が見られるとは!

    「♪ 私に人生と言えるものがあるなら」
    高石ともや&ナターシャーセブン with ニューオリンズラスカルズ
    1981年 宵々山コンサート


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by G-lariat | 2014-08-03 15:42 | 昭和的日々 | Comments(0)

「三島市観光PR大使」       ザ☆楽団ラリアートの活動報告をメインに、平和な日常を・・・ 


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