東海道五十三次ひとり駅伝・14 「静岡から、愛知へ」

さてこの「五十三次」、諸々の事情から京都のゴールは11月26日(土)に決めました。10月はライブその他、音楽の予定がつまっているため、停滞は許されません。しっかり進まねば。
9月23日、朝8時、JR浜松駅。空気は冷んやり。なんだかんだいっても、季節は確実に変わっているんですね。

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舞阪宿を目指して、淡々と進みます。

約10キロ、シンボルの松並木です。両側に700メートル、美しく続いています。
ほんのり、松の匂い。これはクルマでは味わえませんね。


                          脇本陣が復元・公開されていました(無料!)。f0211837_8414248.jpg

大正時代は役場だったり、復元の前は病院だったり。重厚な建物です。

案内してくれた宮崎さんは、おとなり弁天島の方。小学生の時は、毎日この前を歩いて通ったそうです。
当時ここは病院。
「ここの子と同級生。頭の良い子でねえ。ワタシが今ここで働いてるのは、なんか不思議な気がするね・・」
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「あの頃は、古い家ももっと残ってたよ。でもワタシら、よく知らないから、ヘンなカタチの家、としか思わなかった。やっぱ教育は大事だね、今はここへ小学生が見学に来るよ」

「写真? いいけど。・・・シワ埋めてくりゃよかったなあ」

1時間ちかく、楽しい話を聞かせてもらいました。


   
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五十三次の時代、次の新居宿へは舟で渡りました。
渡船場跡の「北雁木」を探してキョロキョロしてたら、
「ね、ヒドイでしょ!」 突然、元気のいいオバチャンの声。指差す海面を見たら、一昨日の台風15号で流れ着いた材木やゴミでいっぱいでした(水そのものは、きれいです)。

和田てる子さん。漁師のダンナさんのお手伝い。
豪快な笑顔がステキで、写真を撮らせてほしいと言ったら
「オトーサン! オトーサン!」舟の上で仕事中のダンナさんまで呼んでくれました。この方がまた、素晴らしい笑顔の持ち主で。

f0211837_915678.jpgてる子さんから注文。「オニーサン、うまく撮ってヨ!」
はあ、がんばります。
「ワタシの葬式に使うんだからサ!」
オイオイ。 
そのバイタリティなら100歳はかたい!
(写真、明日お送りします。顔が暗くなってゴメンナサイ)

オトーサンの保弘さんご自慢の「六栄丸」に再び乗ってもらってパチリ。
今はアマダイが旬だそうです。


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浜名湖は、かつては閉じた淡水湖。今のように海とつながったのは、室町時代の大地震の時です。
以前はそう聞いてもピンとこなかったのですが、先の大震災を経験してしまうと、リアルな恐怖をもってイメージされます。


弁天島を通り、渡り切ったところで振り返り。


新居宿といえば、なんたって 新居の関所。
10年前、サイクリングで来たことがあります。立派な黒門が印象的でした。
駅を過ぎ、整備された古い街並みを通って・・・
f0211837_13512020.jpgあれ!? ウッソー!!
黒門は、一昨日の台風で倒れちゃったんだって! 

スタッフの方に尋ねたところ、すでに腐っていたんだと。
「倒れて見るまで気づきませんでしたけど」
と苦笑い。
たしかに、古い物ですからねえ・・・。
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          ある意味、貴重な一枚。右はありし日の姿。ガイドブック無断借用





f0211837_1454179.jpg遠州灘の眺望で知られた潮見坂をのぼりきれば、静岡県で最も西の 白須賀宿 です。
f0211837_1443280.jpg坂の途中で出会った 山口さん。
69歳。東京で飲食店を経営。お店の休みを利用して歩かれているそうです。今日は、新居から吉田まで。

もう少し詳しくお話を伺って、ビックリ! なんと山口さん、65歳の時に、「5街道」の踏破を決意。中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道ときて、最後がこの東海道です。10月21日がお誕生日。
「70歳までに三条大橋に着きたいと思ってます」
どうぞ、お気をつけて!

潮見坂を上がりきった所に、無料の休憩所 「おんやど白須賀」。展示物も豊富な歴史拠点施設です。

f0211837_14461524.jpg他の宿の展示施設と違うのは、五十三次に加え、地震・津波の資料が充実していること。
白須賀宿は、もとは海沿いにあり、たび重なる津波被害。そして宝永4年(1707)の大地震と大津波で壊滅的被害。翌年、ついに現在の高台に移ったそうです(海沿いには、また「本町」が復活)。
宝永地震はマグニチュード8.4で、津波は8メートル。いま聞くと、他人事とは思えません。

スタッフの森さん。詳しく、ていねいに説明していただきました。湖西市自治会連合会の会長さんでもあります。

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白須賀の古い街並みを通り、境川を渡れば、愛知県です。標識を見て、あらためて「愛知」は「愛を知る」なんだな、と。
さあ僕は、この愛知で愛を知ることができるのでしょうか?


f0211837_1595832.jpg愛知県最初は、二川宿。

本陣資料館(有料)など、かつての街並みがよく残されています。

格子の家に、懐かしい赤いポスト。嬉しくなって、絵葉書を投函してしまいました。


予定では、今日はここまで。
ちょっと迷いました。もう一宿がんばるか、それとも弁天島温泉に寄って帰ろうか・・。
『迷った時は、楽な方を』――が人生の基本方針の僕ですが、今日は志を曲げて(?)がんばることにしました。今日出会った方々のおかげかもしれません。

現在の豊橋市、吉田宿まで。
f0211837_15375038.jpgでも、途中で道を間違えてしまいました。見所のない場所だったのが不幸中の幸い。たどり着いた吉田宿も、道が分かりにくい街です。お城のあった街は防御のせいか、どこもそうなのですが、とくにこの豊橋は典型的、と以前サイクリングで来た時も感じました。
でも、人は皆さん親切。コンビニのおねえさん、浪人生風のにいさん、越してきたばかりの若奥さん、それに根っからの土地っ子のいなせなオジサン、皆さんたいへん親切に道を教えてくれました。
                                       吉田城跡からの眺め。のどかで良い景色でした。



本日の走行距離/約35㎞ (迷って大迂回した分は含まず)

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  『東海道五十三次ひとり駅伝・膝栗毛』
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  東海道五十三次ひとり駅伝

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by G-lariat | 2011-09-25 08:44 | 東海道五十三次 | Comments(0)

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