至福の時。

エミーさんのチャリティコンサート、おかげ様で大成功! チケット完売、寄付金上々。終了後のCD販売も好調でした。
僕のギックリ腰も、問題ナシ。それどころか朝も早よから小学生の遠足よろしく「わーい、わーい!」と飛び起き、「わーい、わーい!」と会場へ向かい、準備や本番でも「わーい、わーい!」と走り回っておりました。
痛みがなかったわけではありません。しかし人間は、気分が良くなるとベータ・エンドルフィン、興奮するとアドレナリンが分泌されるといいます(違ってたらゴメン)。つまり、痛みより快楽ホルモンが優ってしまったわけですね。
不肖・水口、最底辺とはいえ音楽の世界に30年生きてまいりました。充分にスレております。そんな僕が何ゆえこれほどハイになったか? 
それはこの日、出演者8人のうち、実に7人が女性だったのであります!
女の中に、男が一人。
これを至福といわずに、何を至福というのでしょうか(少々涙ぐむ)。
しかも会場は上品なホテル。皆様、入念の上にも入念に紅白粉を施し、ご衣裳は胸元大胆なドレスです。ふだん右左に小汚ねーオッサンを従える僕。これを至福といわずに何を至福というのでしょうか(再び涙ぐむ)。
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ハンドベル「シェリー」の皆さま。さすがに実力派、神々しい音色と聖なる響きでした。
コーラス「フェリーチェ」の皆さま。いやし系のハーモニー。心なごみました。
そして本日の主役、女王・エミー竹内さま。美麗なドレス姿で「私説・三島音頭」をドドンパしてしまうそのサービス精神。本当に脱毛、じゃなかった脱帽でございます。

大満足の打ち上げ。通常ラリアートは打ち上げ的なものは全くやらず、ライブが終わったら即解散です。特に棚井さんは僕のことがよっぽどキライらしく、サッサと帰ってしまいます。だから今日は異例も異例です。
いかにも女性好みの、おしゃれなフルコース。彩り鮮やかな料理の数々。デザートなんか、スイーツ3点盛り合わせ(・・・ほかに言い方ないのかね、ヤキトリじゃないんだから)。
ふだん一汁一菜、モノトーンの食事を常としている僕には、まさに別天地。これを至福といわずに何を・・・(三たび涙ぐむ)。

うしろ髪をひかれる(僕には後ろも前も、髪はありませんが)思いで散会し、夢見心地のまま帰路に・・・。
そして、我が昭和レトロなアパートで僕を待っていたのは、結婚相談所のDMとNTTの督促状でありました。
だまって腰にシップを貼り、おとなしく寝ました。ノンフィクション。



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見よ、スイーツ豪華3点盛り!(ホントにもっとエレガントな言い方、ないのかね)。
「水口さんは、こんなオシャレなもの食べるなんて滅多にないのだから、写真に撮ってブログに載せたら?」と言ったのは、エミー竹内です。わざわざ駐車場にカメラを取りに走った僕って・・・。


PS1.好評につき、追加公演決定しました! 6/27(日)午後2時~ 
音楽館プローベ(三島本町交差点・箱根方面2軒目) 詳細は後日お知らせします。

PS2.佐々木R君。事前・当日とも、雑用に走り回ってくれてありがとう。君のような裏方さんがいて、はじめてコンサートは成立します。心から感謝!
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# by G-lariat | 2010-05-26 20:34 | Comments(4)

ギックリ、ビックリ。

ギックリ腰になってしまいました。
「セキをしただけで、なることもある」と聞かされていましたが、本当にセキをしただけで、なってしまいました。
折り悪しくも、明日はエミーさんのソロのチャリティコンサート。困りました。僕はゲスト出演だからもし欠勤となっても大勢に影響はないのですが、担当の力仕事に支障をきたします。困りました。
一昨年、やはりエミーさんのリサイタルの2日前、ハンセン石井がギックリ腰を患い、舞台にアナをあけるということがありました。その時は、「気合が足らない奴めッ」と罵りましたが、ギックリ腰って気合で勝てる相手ではないのですね。ハンセン君には悪いことを言いました。

6年ほど前の夏です。水着女子を鑑賞しようと自転車で海に向かったところ、トンネル内で車に撥ね飛ばされ、死にかけたことがあります。自転車は大破。僕は全身打撲でアバラ3本骨折。強打した左腕は1週間動かないまま、でした。そんな時に、ライブ。どうにもギターは持てず、苦肉の策でハモニカとボーカルだけでしのいだことがありました。

ギックリ腰はそこまで重症ではありませんが、痛みの種類が違う感じです。骨折・打撲の痛みは、力石のパンチを受けた矢吹丈の気分で、むしろ気合がみなぎってきます。
「立て、立て、立つんだジョー!
ギックリ腰の場合、痛みの瞬間まさに腰くだけで、力が抜けてっちゃう・・・。歯痛に似てるでしょうか。

困りました。
冷やした方がいいのか、温めた方がいいのか・・・。
明日、僕は舞台に立てるのでしょうか?
「立て、立て・・・・・タテタテ・ヨコヨコ・マル書いてチョン」


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○ 6年前、救急車に乗せられた証明書。なんでこんなの持っ    てんだろ?保険のことかな。
  ちなみに僕は、ニューヨークはハーレムで、救急車に乗っ   たことがあります。
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# by G-lariat | 2010-05-23 08:21 | Comments(0)


前回の「お世話になります・シリーズ第1話」が僕の回りで好評だったもので、調子に乗って第2話を。
秋山峰治さん、静岡県三島市の楽器店・オレンジ村の村長さんです。
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ン十年前、僕が初めて就職したお店。もっとも当時はまだオープン前で、大工さんがトントンカン、僕はひたすらDMの宛名書きをやっていました。
ある日、村長が「今日は開店の記念品をとりに行く」。
キーホルダー?ボールペン?・・・“とりに”というコトバに首をかしげつつ車に乗り込んだのですが、はたして着いた所はご実家のミカン山。
「オレンジ村だから、記念品はミカン」。
音楽“ギョーカイ”に憧れた僕の背中に、竹製の背負子が重く重~く、のしかかったのでありました。

自分でいうのもナンですが、店員としては最低でした。売る努力をしない、自分の趣味を客に押し付ける・・・そのうえ注意力散漫だから万引きにもよくやられました(にしてもギター本体をカッパラッていく奴。敵ながらアッパレ)。
店番がそんなだから、お店はいつもヒマでした。閑古鳥がカゼをひくほどヒマ。でも類は友を呼び、ヒマはヒマ人を呼びます。華やかなキャンパスライフから落ちこぼれた「ひきこもり多重録音男」の石井クンが、ヒマにまかせて店に出入りするようになるのです。それが、我が「ラリアート」最初の1歩でした。

結局、僕は1年で失踪。オレンジ村は、それを待っていたかのように急成長。2度の引越しを経て、今や自社ビルが、ど~ん。僕はといえば失踪から10年後、尾羽うち枯らして帰郷し、そしてまた村長にすがることになります。
音楽を続けたい、でもこの地では浦島太郎・・・。
そんな僕に村長は、昔の信用だけでライブを斡旋してくれました。おかげ様でライブは上手くいき、それが今の今につながっていくわけです。

思えばギターの棚井サンも、彼が村の手伝いをしている時に知り合ったのだし、若き2代目の結婚式ではウェルカムの演奏を担当させてもらいました。「私説・三島音頭」も、店頭でバッタリ志むら遊酔さんと出くわしたのがコトの始まり。やっぱ「ただならぬ縁」があるのでしょう。

今も、たまにイベントでご一緒させてもらうことがあります。僕が勤めたのは1年足らずだし、もうずいぶん昔のことなのに、顔を合わせるとなぜか昔の主従関係に戻ってしまいます。
はじめは「水口さん」なんて呼んでいるのに、現場がバタバタしてくると
「水口!」
・・・・・・でもそれって、意外に悪い気がしないんだよなあ。

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               ○ ラリアート発生の地。もちろん記念碑などはありませぬ。
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# by G-lariat | 2010-05-16 09:47 | Comments(6)
我ら「ザ☆楽団ラリアート」、とにもかくにも20余年。ほんに有難いことでございます。
長期生息一番の要因はといえば・・・ぶっちゃけ「運」でしょうね。タナボタ的ラッキーはありませんでしたが、運は良かったと思います。
あとは僕の粘着型性格。よく「竹を割ったような性格の、逆の性格」といわれます。
さらに団員諸氏の心頭滅却、悟りの境地。
そして忘れてはならないのが、なんの見返りもないのに、朝な夕なに応援してくださる方々の存在です。深く深く、海より深く感謝申し上げます。
そんな感謝の念から、日頃お世話になっている有難い方々を、不定期にご紹介させていただこうと思いまして。f0211837_19431743.jpg

まず最初にご登場願うのは、僕が師匠と呼ぶ
志むら遊酔さん。
箱根の麓に居を構え、この地の文化・歴史・風物に、やたら詳しいお方です(フーゾクに関しては、ウチの棚井の方が精通してると思います)。「ラリアートの応援団長」を公称して下さり、昨秋の「私説・三島音頭」、そして今回のノサップ2部作「白い桜」「うーとら」の仕掛け人でもあります。

この師匠の何がスゴイかって、ふだん皇帝と呼ばれている僕(誰が?)に、平気でダメ出しできること!
「私説・三島音頭」は、歌詞を6回書き直しさせられました。
「白い桜」は、第1試作はあっけなく玉砕。2作目も「イマイチだなあ・・・」で却下。3作目にしてようやく、「諾」をいただくことができました。
「うーとら」に至っては、こんな感じで・・と曲想を話しただけで、「ピントがずれてる」とボツ。一から、やり直し。
しかし言われてみれば、うなづくことばかりなので、タチの悪い僕でも引き下がるしかありません。

三島ホタルの会会長をはじめ、Eとこ見付隊、三島ゆうすい会、地口行灯、富士山トラスト等等いろんなところの顔役であり、市会議員という本来のお役目もあって、本当は偉~いセンセイなのですが、そんな感じでは付き合ってもらってないですね。
落語でいうなら、僕が八っつぁんでハンセンが熊さん。棚井が大工のタメ公で、エミーさんは少々ワケアリの後家さん(ダンナさん、ごめんなさい!)。遊酔師匠は、そんなトンパチな長屋の面々に手を焼く、大家の御隠居さん、といった役どころでしょうか。
・・・・・いいや、違うなあ・・・。師匠は、「御隠居」ってほど枯れちゃいないな・・。それどころか、お昼寝好きの我等より、はるかに行動的でスピーディ。・・・・ううむ、困った。文が締まらんぞ。・・・まあいいか、この続きはいずれ別の機会に、
ってことで、先送り。

(写真は、去年11月・「私説・三島音頭」発表ライブ終了後。左が遊酔師匠で、右がエミーさん・・・わかるよね)
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# by G-lariat | 2010-05-13 19:43 | Comments(0)
♪ ア~イリ~ン グッナ~イ
♪ ア~イリ~ン グッナ~イ
「グッドナイト・アイリーン」といえばレッド・ベリー作、1950年代アメリカを代表する曲。「監獄で生まれた歌」としても有名です。日本でも、故・高田渡さんなどがカバー(「靴が一足あったなら」)しています。
いえ、そんな話を聞いてもらおうってわけじゃありません。大阪は西成、「あいりん地区」に行ってきたのです(イヤだな、親父ギャグ)。

日本一のホームレスの街。僕は、なぜかここが大好きなのです。
東京・山谷、横浜・寿町・・・ソウルフルに生きる方々の聖地は他にもあるのですが、「あいりん」は大阪のコテコテとか、ボケ・ツッコミとか、そんな文化がきちんと反映されていて、なんか明るく楽しくなるのです(あくまで僕は、ですけど)。

メインストリートの路上には、ブルーシートがズラリ。様々な物が並べられています。しかし、売っている方々は「商人」なのか、「住人」なのか・・? 並べられたものは「商品」なのか、「私物」なのか・・?過去一番すごかったのは、新聞が2部のみというギネス級の超々小規模商店(?)。・・きっと駅のゴミ箱から拾ってきたんだろうナ・・・。でも中には掘り出し物もあるとみえ、それが目当てのオタク系の若者もけっこう歩いています。

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中心は、三角公園。
今も「街頭テレビ」があります。
立派なステージもあるのですが、ここには廃品が山と積まれ、ヒゲもじゃのオジサンがお住まいです。
朝から、みんな楽しくお酒を吞んでます。ギャンブルなら道端で開帳してるので、わざわざ遠くまで行かなくてもすみます。食べ物は破格の安さで、ボリューム満点。自販機は50円。銭湯も早朝からやってます・・・。
道一本はさんで、別の日本がそこにあります。少々オシッコ臭いのをガマンすれば、もしかしてここはパラダイス・・・・?

でも、いったんコトが起きれば大変な事態になるのは、完全防備の西成警察署を見ればわかります。訪れるなら、自己責任ってことで。あと、露天商はしまうのが早いので、午前のうちに。

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○ 健在!街頭テレビ                      ○ まるで要塞。ガラス窓のない西成署。玄関はジュラルミン
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# by G-lariat | 2010-05-09 08:30 | Comments(6)

「三島市観光PR大使」       ザ☆楽団ラリアートの活動報告をメインに、平和な日常を・・・ 


by G-lariat